| 「感想文展」2001年9月22日「八景人」 |
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いろいろな歴史本や記念館で戦争写真を見た事は有りますが自分のパソコン上で 見るとより身近な事と感慨深く見させていただきました。私の姉も看護婦として 軍艦に乗り撃沈され帰らぬ身となりました。 戦後の貧しい状況はさておき、私が仕事で出かけた先で「これが戦争の結果」 と思いを抱いた事がありました。 1.インドネシア アチェ地区で付近の老人に日本語で声をかけられ(今から 10数年前)、昔日本軍が現地の人たちに取った(押し付けた)施策を話して くれました。そして”歌も知っているよ”と歌って聞かせてくれました。 老人は優しく話していましたが風化されない日本軍への思いが伝わってきました。 これが日本人の取った行為か?と半分疑問符でしたが「これが戦争の結果」かと 深く恥じる思いを感じました。 2.シンガポールで日本軍によって殺害された外国人の墓地の近くを通った ので、そこで降りて周囲を歩いたのですが、そこに墓参に来ているオーストラリア 人、イギリス人等を見た時、その人たちから何故か白い目で見られているような 後ろめたい思いを抱きました。墓参に来る人、そして墓地を見て墓参に来る人 知って 戦争体験していない私でもその時「これが戦争の結果」かとなんとなく 恥じる思いを感じました。 戦争に直接関係しないとはいえ 過去の日本の過ちは日本人にとって拭い切れ ないものです。 堺市夢見頃さんはこんな経験は有りませんでしたか。 大切に保存して下さい、 |